 投票を呼びかけるポスター |
日米両政府が05年10月末に合意した在日米軍再編に関する中間報告には、米海軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機部隊(57機・兵員1600人)を岩国基地に移転することが盛り込まれています。
この中間報告を受け岩国市の井原勝介市長は、移転案の「白紙撤回」を政府に求めることを明言しています。一方、岩国市議会は、昨年6月に岩国基地の機能強化に反対する決議を全会一致で行なっていますが、この中間報告が出された後には「移転」に反対する明確な姿勢を示してはいません。
議員の多くは、もはや「移転決定」は動かない、覆せないとして、「移転受け入れ反対」というポーズをとりつつ、地域振興策や騒音対策などで国との「条件闘争」に入るべしと考えています。建前は「受け入れ反対」、本音は容認というわけです。
こうした展開に、井原市長は「民主主義の原点に戻り、直接住民の意思を確認したい」として、「岩国市住民投票条例」(04年3月制定)に基づき住民投票の実施を発議しました。
この条例の規定では、市長発議のほか「有権者の6分の1以上の連署による請求」(議会に実施を拒否する権限はない)、もしくは「議会の出席議員の過半数の賛成」を条件に住民投票を実施することになっています。ということで、大半の市議や知事らが実施に反対するなか、3月12日の住民投票実施が実現しました。
問われるのは、「厚木基地の空母艦載機部隊の岩国受け入れ」で、永住外国人を含む20歳以上の住民に投票権が認められています。
 米国海兵隊岩国航空基地 |
投票権者は、移転の見返りとして期待できる「さまざまな振興策」を得たいと考え賛成票を投ずるのか、それともこれ以上の基地機能の強化を拒むのか──という選択を迫られているわけですが、2月28日付け『朝日新聞』など、すでに報道機関による世論調査では「反対多数」が明らかとなっています。とすれば、「移転」を拒みたいと考える市長や多数の市民にとっては何の問題もないように見えるのですが、実は彼らの目前には、2つの大きな壁が立ちはだかっています。
◆50%ルールの壁
1つは住民投票条例のなかに盛り込まれている「五〇%ルール」で、投票率が50%未満のときは不成立となり、開票も行われないことになっています。
00年1月に徳島市において「吉野川可動堰建設」の是非を問う住民投票が行なわれた際、自分たちが少数派であることを理解していた建設推進派は、このルールを強引に盛り込んだ上で「ボイコット運動」を展開。反対票が全有権者の49.6%に達したにもかかわらず、あわや不成立となるところでした(投票率は55%)。今、これと同じようなことが岩国市でも起きつつあります。
2月20日、有権者に棄権を呼びかける市民グループ「住民投票に反対する会」(広瀬嘉道代表)が発足しました。約50人いるというメンバーの大半が「移転受け入れには反対だ」と言いながら、なすべきことは住民投票ではなく地域振興策や騒音対策などでの条件交渉だと主張しています。
「はじめから振興策を得ることを前提にせず、国に対して言うべきことを言い、なすべきことをなし、いい結果をもたらせば・・・」と広瀬氏は語ります。
わずかな住民の意思で重要事項が決定されるのは良くないとの考えから、住民投票条例のなかにこうしたルールを設定している自治体は少なくありません。成立のハードルを設けるのはいいですが、「50%の投票率」という設定はあまりに単純で、本会(住民投票立法フォーラム)では、ドイツなど欧米のいくつかの国が採用している絶対得票率へのハードル設定を勧めています。
それは、「賛否どちらか多数を制したほうが、全有権者の4分の1あるいは3分の1に達すれば成立」というもので、こういう規定にしておけば、たとえ少数派がボイコット運動を仕掛けても、有権者の多数意思が生かされることになります。ちなみに、日本においては千葉県我孫子市がこうした規定を採用しています。
◆国政にかかわる問題がテーマになっているという壁
もう1つの壁は、住民投票にかけられる案件が国政にかかわるということから生ずる問題です。岩国市の常民投票条例の第一四条には、「市民、市議会及び市長は、住民投票の結果を尊重するものとする」と記してあります。したがって、例えばゴミの回収を有料化するか否かといったテーマであれば、自治体の行政施策の問題であり基本的には住民投票の結果どおりに事が運びますが、今回のような国の防衛政策にかかわる事柄をテーマとした住民投票では、国・政府が自治体住民が示した結果に従ったり尊重したりするとは限らず、まったく無視されることもあり得ます。だから条件闘争派は、住民投票なんて意味がないと主張するのです。
確かに、日本で実施される住民投票は欧米と違い、自治体の首長や議会に対する政治的拘束力はあっても法的拘束力がないために、「米軍のヘリ基地建設」について反対票が住民投票で多数を占めながら国や市長がひっくり返した名護市(97年実施)のようなことが起こります。
しかしながら、「国策」と称される原発や基地問題を住民投票にかけてはならないというのは誤った考えです。国の主権者であり、自治体の主権者である私たちが、地域にかかわるさまざまな問題や案件に関して明確な意思表示を行なうのは自由だし、別に、岩国市の住民投票の結果が政府を法的に拘束するわけではなく、(法律上は)政府はその結果にとらわれることなく自由な判断を下せます。
それから、こういった「国策」をテーマとした住民投票がまったく無力であるかのように言うのも間違っています。それは、新潟県巻町(原発建設)や刈羽村(プルサーマル導入)で実施された住民投票が明瞭に示しています。
◆投票率アップのための仕掛けを
 井原勝介・岩国市長 |
2月21日から3月5日までの13日間、岩国市は市内15ヵ所の小学校や公民館において住民投票に関する説明会を開催しています。その初日、私が足を運んだ御庄小学校の体育館には200余りの席がほぼ埋まりました。ただし、聴衆の大半は60代、70代の高齢者で、若者の姿は皆無でした。
冒頭、井原市長が「なぜ、住民投票を発議したのか」について15分程度語ったあと、会場の市民に意見や質問を募りました。
「なんでわざわざ住民投票をやらな、いけんのか? こんなもんやらんと、市長が国に対して『白紙撤回』を求めりゃあええ」
「反対多数になったところで、国は撤回するわけはないし、嫌われんように条件闘争に入ったほうが得じゃろ」
マイクを求めるのは、住民投票の実施を支持するという人ではなく、賛成しかねるという人が多い。ある程度予想されていたものの、井原市長は困惑気味。
そんな場面を目の当たりにした翌日、私は2度にわたって市長と面談し、次の3つのことを勧めました。
- 条例に定めてある「住民投票の結果を尊重する」というのは具体的にはどういうことなのかを、市民に明らかにした上で投票を実施すべし。つまり、反対票が多数となれば、政府に対して「白紙撤回」を強く申し入れ、賛成票が多数を占めればそうした申し入れをせず、受け入れを前提とした条件交渉に入る──といった約束をはっきりと行なうこと。
- 「受け入れ反対に投票してほしい」といった発言を控え、賛成の人も反対の人も、主権者として意思表示をしてほしいと市民に呼びかけること。
- 賛否両派が一堂に会する公開討論会を市が主催するか、市民グループが開催できるように後押しすること。
井原市長は、このすべてに同意し、速やかに対応すると語りました。
この3年間に限っても全国各地で350件以上の住民投票が実施されていますが、そのほとんどは「自治体合併」をテーマとするもの(本会調べ)。当該自治体のみならず、周辺地域や国政にも影響を及ぼす今回のような住民投票の実施は久々で、その成否が注目されます。
※(3月3日発売の『週刊金曜日』に寄稿したものを一部変更して掲載しました)
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