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   更新:2007/12/16
 2007年12月01日〜2007年12月16日新聞に掲載された関連記事
2007年12月13日付『早稲田大学世界見聞録』
 第21回 ルーマニア政治のいま
政治経済学術院教授 伊東 孝之

 ルーマニアは今年1月にEU加盟を果たしたが、その民主主義への歩みは遅々としていた。民主化には流血が伴い、その後も長く共産党出身者が政権を握ったので、一時は「盗まれた革命」とさえ言われた。フリーダムハウスの7段階自由度スコアが2.5を越え、「自由な国」というお墨付きを得たのはようやく1996年だった。

 東欧諸国のEU加盟第一陣に加わり損ねたのは自由度もさることながら、汚職と犯罪が蔓延していたためである。トランスペアレンシー・インタナショナルという国際NGOが毎年世界各国の腐敗認知指数(CPI)を発表しているが、ルーマニアのそれは2007年に世界69位で、ガーナと同じ、セネガルよりも少し上という程度である。

 政治的安定を遅らせている要因の一つはマクロ政治制度である。ルーマニアは歴史的に親仏的傾向が強く、民主化後フランスとほぼ同じ準大統領制を採用した。直接選挙で選ばれる議会と大統領が憲法上ほとんど対等の権限を与えられている。この体制の難点は両者が対立すると打開策がなく、国政が麻痺してしまうことである。

 同時選挙を実施すれば同じ勢力が勝利するだろうから、大統領と首相の対立は避けることができるかもしれない。フランスは2002年以来大統領の任期を短縮し、同時選挙を実施して、いわゆる「同棲内閣」の現象を避けようとしている。

 ルーマニアでは「たまたま」2004年暮に同時選挙が行われた。議会選では有力な2政党、国民自由党(PNL)と民主党(PD)が選挙ブロックを組んで戦い、僅差で勝利した。両党は大統領選でも共同戦線を組んで戦い、民主党のバセスクが当選した。バセスクは提携相手である国民自由党のタリチャヌを首相に任命した。

 ここまではシナリオ通りだったのだが、半年も経たないうちに両者は仲違いする。きっかけは議会選を繰り上げ実施するという大統領案を首相が蹴ったことだ。2007年4月に議会は大統領を弾劾し、圧倒的多数でこれを可決した。ところが、翌月の国民投票では大統領が勝利してしまったのである。 首相が親欧州政策を提唱し、イラクからの撤兵を決定すれば、国民的人気のある大統領は親米政策を標榜して、イラクやアフガニスタンへの派兵継続を主張する。当然外相人事を巡って両者は激しく対立する。

 どうして国民はこうした政治のゴタゴタに満足しているのか。世銀データによれば、国民1人あたりの国民総所得(GNI)は2000年の1,690ドルから2005年の3,830ドルに伸びている。つまり経済に関する限り国民は満足できるのである。それはかなりの程度EUが政府の課題を代行しているからだろう。
2007年12月13日付『swissinfo.ch』
 スイス、組閣で大地震
12月12日の全州議会と国民議会の合同会議の選挙で、クリストフ・ブロッハー司法相に代わり、同じく国民党( SVP/UDC ) 員のエヴェリン・ヴィトマー・シュルンプフ氏が当選した。翌13日、同氏はこの議会の決定を受理した。
同氏は、1979年から1989年まで閣僚だったレオン・シュルンプ氏を父に持つ。これで、7人で構成される閣僚のうち3人が女性となった。


 12月12日の全州議会と国民議会の合同会議の選挙でヴィトマー・シュルンプフ氏は125票、ブロッハー相は115票の得票となり、過半数票を得たヴィトマー・シュルンプフ氏が選任された。しかし、同氏は、議員ではないため議会に出席しておらず、入閣受理の意向決定は13日早朝に持ち込まれていた。

議会の協力を求める
 入閣を受理する意向演説の中で、ヴィトマー・シュルンプフ氏は
「非常に重い責任を負った。この任務を果たすためには、各方面からの支援が必要である。ここで開かれる議会は、常に異なった意見が交わされる場だ。意見の違う者同士が尊重と寛容の念を持って臨むことを願う」
 と語った。ヴィトマー・シュルンプフ氏が入閣を受理した場合、国民党の議員は同氏およびサムエル・シュミット国防相を支持しないという意向を念頭に置き、それでも協力を望んだものと見られる。

 担当する省庁については、今後7人の閣僚で決定される。ヴィトマー・シュルンプフ氏は
「どのような省が与えられても、喜びを持って仕事をしたい」
 と語った。現在同氏は、グラウビュンデン州の財務大臣を務めている。

国民党の行方
 昨日の投票では、左派の社会民主党 ( SP/PS ) 、緑の党 ( Grune/Les Verts ) のほか、キリスト教民主党 ( CVP/PDC ) はヴィトマー・シュルンプフ氏に投票することを党内で決定。急進民主党 ( FDP/PLD ) の一部も同氏を支持したと見られている。

 一方、国民党書記長のグレゴール・ルッツ氏は、ヴィトマー・シュルンプフ氏の入閣受理演説の直後
「国民党は野に下る。総選挙で国民の支持を受けて国民党は、国民議会では最大党になった。今回の合同議会の決定は、ブロッハー司法相を支持した国民を裏切る行為だ」
と演説。12日夕方にもヴィトマー・シュルンプフ氏が入閣を受理するのは裏切り行為だと公言していた。国民党が指す「野党に回る」という具体的な意味は今後明らかにされる。

 スイスの連邦政治は大連立とも言える、右派と左派の4党から閣僚を選出し、バランスの取れた政治を行ってきた。これが、スイスの政治の安定性を生んだ。歩み寄りや話し合いがスイス政治手法の伝統でもあった。今回の選挙の結果を受け国民党が野党に回ることになると、議会の議論はさらに活発になり、国民投票の議題がさらに増えることになると見られる。

 なお、副大統領は、ハンス・ルドルフ・メルツ蔵相が兼任することも決定した。
2007年12月11日付『早サンパウロ新聞』
 任期末に去る、とチャーベス大統領
 スーパーからトイレット・ペーパー消える

 チャーベス・ベネズエラ大統領は六日、さる二日の国民投票において憲法改正案が否決になった原因は、支持者らが投票所に行かず棄権したことにあるとして、その行為は国家との約束に反する、勇気及び良心の欠如であるとなじり、任期末の二〇一三年に自分は大統領職を離れると言明した。

 しかし、もしも有権者の一五%が欲するのであれば、憲法改正案を再び国民投票にかけるとも語った。

 これに対して野党側は「国民は終身大統領を好まない。フィデル・カストロの模写をベネズエラに持ち込むのを嫌うことを表明した」とコメントしている。

 ベネズエラ国内では食肉、砂糖、鶏卵、バター類が不足し始めた。

 粉ミルクは国民投票前の店頭に現れたが、今週再び不足の状態にもどった。

 カラカス市内のスーパーマーケットからトイレット・ペーパーが姿を消した。

 紙がコロンビアから輸入されている関係上、きびしい為替管理で輸入が困難になっている。

 国民投票でチャーベス大統領が敗北したのは生活必需油品不足が原因、とのコメントもある。
2007年12月11日付『東京新聞』
 小田実さんの“遺言”収録 NHK衛星ハイビジョンで13日放送
 NHKが十三日、七月に胃がんで亡くなった作家・小田実さんの足跡をたどる「小田実 遺す言葉」(午後8時、衛星ハイビジョン)を放送する。余命数カ月の中で、平和憲法の尊さを説き、人間の愚かしさを描いた小説「トラブゾンの猫」などの執筆を続けた。「言い残したことがいっぱい。死生観なんて考える暇はない」と収録中に漏らした小田さんが、次世代に伝えたかったことは何か。収録を振り返りながら、番組制作者と考えてみた。 (小田克也)

 番組制作のきっかけは、小田さんの番組を多数つくってきた制作会社テレビマンユニオンの坂元良江プロデューサーが四月二十日、兵庫県西宮市の自宅を見舞いに訪れた際、小田さんから「言い残したことがいっぱいある。撮影したければ、やりなさい。しゃべりたいことをしゃべるから」と言われたことだ。

 一回目の撮影は自宅で約二時間。五月七日に入院したため、二回目以降は聖路加国際病院(東京都中央区)で行われた。病室にベートーベンのピアノ協奏曲「皇帝」が流れる中、小田さんはひざの上に原稿用紙を置き、万年筆で書き続ける。

 小田さんは手術を見送り、抗がん剤と緩和ケアで、最期まで原稿を書く体制を整えた。だが徐々に体力が衰え、テープに吹き込んで、家族が書き起こした。しまいには声も出なくなる。「文章が頭の中にあるが、肉体がついてこない。壮絶だった」と坂元さん。

 絶筆となった未完の小説「トラブゾンの猫」のほかに、病床の大学ノートには「死ぬのなら、それまでにタスク(仕事)二つ」の言葉。一つは雑誌「すばる」に連載していた大河小説「河」の完成、もう一つは岩波書店の「世界」十二月号に掲載された論文「世直し大観」などを新書にまとめること。三百二冊の著作を残した小田さんの最後の仕事だった。

 小田さんは、がんの告知を受ける直前、海外旅行に出ている。フィリピンの人権侵害を裁く「民衆法廷」の裁判員としてオランダ・ハーグを訪問。その後、妻の玄(ヒョン)順恵(スンヒエ)さんとトロイの遺跡を回った。

 小田さんは、古代ギリシャ文学を専攻し、そこに民主主義の原型を見いだしていた。「あえてトロイに足を運んだのも(自らの死について)何か感じていたのかもしれません」と坂元さんは考えている。

 ◇

 小田さんが言い残したかったことは何か。

 収録を振り返って坂元さんは、「撮影当時は安倍政権で、小田さんは改憲の問題を気にしていた。日本の産業は平和憲法があるから軍需産業にならなかった。『美しい国』をつくるのに、なぜ憲法がじゃまなのか説明されていない、と語った」という。

 さらに「国民投票法案は最低投票率が決まっていない。例えば投票率40%なら、過半数の二十何%で(改憲が)決まる」とも。

 NHKエンタープライズ情報・文化番組部の行成卓巳部長は、「小田さんは平和憲法が日本の最高の発明品と考えている。その良さ、そして日本は価値のある国だと若い人に知ってもらいたい。その気持ちが強い」と分析する。

 小田さんは十三歳のとき、敗戦が決定的な中で行われた大阪大空襲を体験。「生きる術としての哲学 小田実 最後の講義」(岩波書店)の中で「この『無意味な死』の意味を考えずにはいられなかった」と語っていた。それが原点となって、コソボなど世界中で起きている無意味な死を止められる平和憲法へとつながっていったようだ。

 「人生の集大成」という最後の小説「終わらない旅」(新潮社、2006年11月刊)は、ベトナム戦争に触れながら若い世代が物語を展開する。「『終わらない旅』の執筆中、もし病院に行って入院しなさいと言われたら、書けなくなる。この小説を書き終えるまでは、との思いがあったのでは」。坂元さんは家族の話から、そう推察する。

 番組には、大学四年生の娘・ならさんも出演。晩婚で、五十三歳で父親となった小田さんは必ず自著にメッセージを添えて娘に贈る。「終わらない旅」は、彼ら若い世代への最後のメッセージなのかもしれない。「小田さんは昨年あたりから、次の世代へのバトンタッチを意識していたのかもしれませんね」。坂元さんは、そう語っている。
2007年12月8日付『山陽新聞』
 電子投票 実績積み重ね信頼を築け
 現在は地方選挙に限られている電子投票が、国政選挙でも希望する自治体で可能になりそうだ。電子投票を国政選挙に導入するための特例法改正案が衆院政治倫理・公選法改正特別委員会で自民、公明、民主党などの賛成で可決され、今国会で成立する見通しとなった。早ければ次期衆院選から認められる。

 電子投票は銀行の現金自動預払機(ATM)のような画面表示で候補者名にワンタッチして投票するシステムである。疑問票が生じないうえ、深夜から未明までかかっていた手作業による開票作業が省け結果判明が早まるなどの利点がある。

 海外でもインドや米国などが国政選挙に導入するなど一般化しつつある。IT(情報技術)世代の若者の投票行動にもプラスに作用するとされる。システムの信頼性などに不安は残るが、時代の流れとして前向きに受け止めるべきだろう。

 電子投票は試行措置として、二〇〇二年に地方選挙に限って認める特例法が施行された。各自治体が電子投票条例を定めれば可能になり、急速な普及が予想された。

 しかし、条例を設けているのは現在、全国で八市町村にとどまる。国政選挙で利用できないため効果が限定的なことや、システムのトラブルが相次いだためだ。機器のレンタル料などの高さも支障になっている。

 今回、特例法が改正され国政選挙でも実施できるようになれば、効果が限られるとするネックは解消されよう。全国で初めて電子投票を導入した新見市は、これまで国政選挙での実現を与野党などに働き掛けており「次期衆院選で実施したい」と法改正を歓迎する。

 課題はコストとシステムの信頼性である。投票機器のレンタル料は一般的に一台十万円前後とされ、財政難にあえぐ市町村には頭の痛い問題になっている。

 メーカー側は「普及すれば機器の単価が下がり、レンタル料も安くなる」とする。国は交付金措置を予定しており、普及に弾みがつくかもしれない。メーカーにはシステムの信頼性向上と機器の低価格化が求められる。

 電子投票は最高裁裁判官の国民審査も対象になる。利用が定着すれば、選挙だけでなく住民投票や国民投票などにも活用でき、迅速で正確な民意の集約に役立とう。

 IT時代に即した利便性の高い投票手段として期待は大きい。問題点を一つ一つ克服しながら実績を積み上げ、信頼を築いていくことが肝要だろう。
2007年12月06日付『CNN.co.jp』
 憲法改正の試みは今後も続行、国民投票敗北のチャベス氏
カラカス(CNN) 南米ベネズエラで2日に実施された、大統領の再選制限撤廃などを盛り込んだ憲法改正案の国民投票で敗れたチャベス大統領は5日、憲法改正の試みは今後も続行するとの考えを示した。国民投票に関する同国軍首脳の記者会見に突じょ参加し、述べた。

大統領はこの中で、支持者が署名を集めるならまた国民投票は出来ると指摘した。改正案はは、反対51%、賛成49%で否決されていた。チャベス氏は開票後の大勢判明で、結果を受け入れる姿勢を見せていた。

しかし、5日の会見では、改正の反対派勢力が勝利に大騒ぎしているとして侮蔑の言葉を投げた。
2007年12月05日付『Business Wire』
 要約: ベネズエラ国民投票で電子システムSAES=スマートマティック
電子投票システム大手の多国籍企業スマートマティック(Smartmatic)は、ベネズエラで先日行われた憲法改正案の国民投票に使用された同社の電子投票システム(SAES)が、高い信頼性と正確性を示したと発表した。この国民投票の結果は、1.5%の小差で憲法改正が否定された。同投票では、1万0547カ所の電子投票場(全体の95.8%)で3万2939台の電子投票装置が使用され、1600万人強の有権者が1人当たり平均30秒で投票を終えた。同社のシステムは米国やオランダ領アンティルでも使用されており、ベネズエラ以外の中南米諸国やアフリカ、アジア、欧州でも導入が計画されている。
2007年12月04日付『東京新聞』
 『チャベス改憲』拒否 国民投票 小差で否決 ベネズエラ
 南米ベネズエラで二日投開票された憲法改正の国民投票で、選挙管理当局は三日未明(日本時間三日午後)、暫定集計(開票率88%)を公表。反対票が50・70%と、賛成票の49・29%をわずかに上回り、過半数を占めた。改憲案が否決されるのが確実になったことを受け、チャベス大統領は「これ以上開票しても変わらない。結果を尊重する」と敗北を認めた。

 チャベス氏が掲げる「二十一世紀の社会主義」国家の建設を国民が否定したことになり、同氏の政権運営に影響が出る可能性もある。一九九八年の初当選以来、チャベス氏が選挙や信任、国民投票などで敗北したのは初めて。

 選管によると反対票は約四百五十万、賛成票は約四百三十万。急進的な改憲案にチャベス氏支持者の多くが反発し、44%が棄権した。しかし、同氏は「社会主義建設の戦いは続く。長い年月をかけてやる」と将来再び改憲を目指す考えを示した。

 六十九項目に及ぶ改憲案は、ベネズエラの社会経済体制を「社会主義」と明記。集団経営企業の創設や大土地所有禁止、労働者や農民らで組織する「人民権力」機関を創設し自治体権限を委譲するなど、社会主義体制への移行を目指す一方、大統領に権限を集中。連続二期までの再選制限を撤廃し、チャベス氏の大統領無制限選出を可能にさせ、中央銀行の自主性をはく奪して金融政策を大統領職務とするなどの内容だった。

 現憲法は、チャベス氏主導で国民投票を経て九九年に制定されていた。
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