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2007年01月17日〜2008年02月01日
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   更新:2008/02/01
 2007年01月17日〜2008年02月01日新聞に掲載された関連記事
2008年01月25日付『TBS News』
 民主が「全国リレーキャラバン」開始
動画を他のプレイヤーで見るWMP高 WMP低 Real高 Real高  本来より高く設定されているガソリン税の暫定税率の廃止や道路特定財源を一般財源化して使い途を広げるよう求める民主党は、党の主張を国民に広く訴えるため「全国リレーキャラバン」をスタートさせました。

 「本当の意味で自治体が自分たちの才覚で持って道路を作ることが出来れば、あるいは安い道路を工夫して作ることも出来るような、地方の実財源に変えていくために全力をあげてがんばりたい」(民主党・菅直人代行)

 民主党では、暫定税率の廃止によって1リットル当たり25円ガソリンが安くなるとして「ガソリン値下げ隊」を作りました。しかし、党の主張が地方組織に十分伝わっていないなどの批判が党内から出ていることや、各地で暫定税率維持を求める集会が相次いでいることから、全国的な運動の展開を始めたものです。

 25日の街頭アピールでは、「国民投票」と銘打って「暫定税率維持か廃止か」のアンケート調査も行いました。

 民主党では今後、キャラバンメンバーの地方視察や税率維持を訴える人たちとの公開討論なども予定していて、党の主張への理解を広げたい考えです。
2008年01月24日付『マイコミジャーナル』
 電子選挙のフォーマット、OASIS標準へ
OASISは24日(米国時間)、OASISメンバーによって「Members Approve Election Markup Language 5.0」がOASIS Standardとして承認されたと発表した。EML 5.0に関連している団体は同標準を広く批准する段階にきたといえる。

EMLは選挙や国民投票、住民投票などを電子ベースで実施するための策定された規約。紙ベースの選挙と同じことが実現できるように考慮されている。多くの政治形態、社会体制、言語、方言、言葉遣いに対応している。またプライベートセクタでもパブリックセクタでも活用できるように設計されている。

EMLの特徴は、従来の選挙方式を変更することなくEMLの導入ができるように考案されている点にある。EML 5.0は電子選挙を実施するさまざまな地域で標準のフォーマットとして活用されることになるとみられる。
2008年01月23日付『asahi.com』
 プロディ伊政権、崩壊の危機 中道小党が政権離脱表明
 イタリアのプロディ中道左派連合政権が崩壊の危機に立たされている。連合8党のうち中道の小政党「欧州民主連合」が21日、政権離脱を表明して総選挙を要求、与野党の議席が拮抗(きっこう)する上院で多数派維持の見通しが立たなくなったためだ。プロディ首相は22日朝、急きょ下院で演説し、上下両院に自らの信任を問う投票を行うよう求めた。政権は生き残りを模索するが、残された選択肢は少なくなってきた。

 プロディ首相は演説で自らの政権が「イタリアを立ち直らせた」と政権存続を訴えた。プロディ政権は06年4月の総選挙でベルルスコーニ前首相が率いた中道右派を小差で破り発足。外交で親欧州連合(EU)路線にかじを切るなど欧州でのイタリアの存在感を高めるのに腐心してきた。イタリアは09年にはG8サミットの議長国で、プロディ政権が道半ばで倒れれば国際的な影響も少なくない。

 首相への信任投票は下院では23日夕、上院では24日夜に行われる。

 政権は下院では多数派を占めるものの、欧州民主連合の離脱表明前の上院での与野党議席差はわずか1議席。3議席を持つ同連合はすでに反対投票する考えを示している。終身議員など中間派はいるものの、上院での信任確保はかなり困難な情勢だ。

 また、仮に投票で信任を得ても、法案審議で上下両院が同等の権限を持つイタリアでは上院の多数派を失えば政権維持は難しい。首相が辞任し、前倒し総選挙を行うか、選挙実施を目的とする暫定的政権を発足させるなどの「プロディ後のシナリオ」もささやかれ始めた。

 プロディ政権は再建共産党、緑の党など左派から旧キリスト教民主党の流れをくむ中道政党まで含み、不協和音に悩まされてきた。それでも、与党の一角が離脱表明に踏み切ったのは初めてだ。

 欧州民主連合はカトリック色が強く、これまでも左派主導の法案には政権内でしばしば抵抗を続けてきた。政権発足とともにマステッラ党首が法相に就任したが、今月16日、司法当局がカンパニア州議会議長をつとめる妻や自らを汚職捜査の対象にしたことに強い不満を示して辞任。当初は「閣外協力」の意思を示したものの、21日になって突然「中道左派政権は終わった」と離脱宣言した。

 プロディ政権は小党乱立の原因とされる現行選挙法の改正を目指すが、欧州民主連合は「小党つぶしだ」と反発してきた。しかし、最近では市民団体発議の選挙制度をめぐる国民投票の実施が憲法裁判所で認められ、法改正は不可避の情勢に。このため、同党は政権離脱で前倒し選挙に持ち込み、生き残りを狙っているとの見方もある。

 プロディ首相は昨年2月、上院で外交方針が否決されて一時辞表を提出した。この時はナポリターノ大統領が両院での信任投票を要請。上院では2票差で過半数を確保して政権崩壊を免れた。
2008年01月23日付『NIKKEI.NET』
 リスボン条約支持に至らず・アイルランド与党、緑の党
 【ロンドン20日共同】ダブリンからの報道によると、アイルランド連立政権に参加している緑の党は19日、欧州連合(EU)の新基本条約、リスボン条約支持を目指し党員投票を行ったが、賛成票が機関決定に必要な3分の2に達せず、党としての決定を持ち越した。

 同条約はEU加盟全27カ国の批准が必要。主要国が早期の議会批准に動く中、憲法に従い唯一、国民投票を実施するアイルランドの対応は注目されている。

 反対意見の背景には、同条約がアイルランドの軍事的中立性を脅かすとの懸念があるとされる。

 ただ賛成票は63%に達しており、緑の党は「批准を目指す執行部の方針は理解された」として、運動を強化する方針だ。
2008年01月20日付『JAN JAN』
 ハンガリー:改革の方向には壁が
【ブダペストIPS=ゾルタン・ドゥジシン、1月11日】

 幅広い金融引き締め政策の導入により、ハンガリー国民は窮乏を強いられつつある。だがこの社会主義政府の計画は、野党主導の国民投票と中産階級の抵抗によって阻まれるかもしれない。改革への反対意見が多い中、「改革は避けられない」、「政府はもっと緩やかに改革を進めるべき」など、議論が続いている。

 ジュルチャーニ首相が率いる政府は徹底した行政改革、特に医療と教育部門の見直しを行いたい。だがオルバーン元首相が率いる右派の野党フィデスは、政府が改革の名目で増税を行い、自らの無責任な散財を補おうとしていると指摘している。

 2006年には、再選のために経済状況について嘘をついたと首相が告白したことで、激しい抗議運動が起きた。憲法裁判所での論議は長引いたが国民投票が決定し、国民は医療費および教育費の負担について意見を問われることになる。

 国民投票の結果は法的拘束力を持たないが、首相は改革の成功が政権維持の鍵になると認めており、国民投票で敗北すれば辞任は免れず、野党は政府が総辞職して選挙が早まるとみている。

 連立与党は弱体化している。連立する社会党と自由民主連盟は医療保険問題など多くの点で対立しているが、早期選挙が壊滅的な結果になるという点は双方が合意している。一方で野党もこのチャンスを生かしていない。昨年のジュルチャーニ首相の信任投票では、世論調査に反し、不信任にできなかった。現在も中道の浮動票をつかんでいない。

 政府は緊縮政策による窮乏が一時的なものだとするが、すでに実質賃金は下がり、物価は上がっている。2010年の総選挙に勝てば3期連続政権となる政府が、フィデスには政権担当能力がないと述べたことを受け、フィデスは最近、「強いハンガリー」と題する政治要綱を示して、中小企業を支援するための限定減税を提案した。

 政府は改革が成果をあげているというものの、ユーロ導入のためには財政赤字を現在の6%から3%に削減しなければならない。野党とメディアは、ハンガリーが中欧で最悪の経済状況にあると非難している。ハンガリーの金融引き締め政策について報告する。
2008年01月付『ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版』
 転機にさしかかったベネズエラ革命
 ベネズエラのチャベス大統領は、2006年12月に再選されるやいなや、「21世紀の社会主義」という大構想に向けた転換のためには憲法改正が必要であると表明した。その憲法改正案は、長期にわたる密室会議を経て、何度も延期された末、ようやく2007年8月15日に発表された。全部で33条に関わる当初案は、熱烈なチャベス派を別として、ベネズエラ社会全体に疑念と混乱を引き起こした。大統領案の修正と承認を審議した議会がさらに36条に関わる修正を加えると、国民の疑念はいっそう強まった。

 憲法改正案は最終的に、全350条のうち69条に関わるものとなった。それらは主に4点にわたっていた。参加型民主主義の強化、社会統合、「ネオリベラル型ではない」経済発展の支持、そして中央政府の権限強化である。

 参加型民主主義と社会的公平に関わる規定については、世論は反発しなかった。新設の地区住民協議会の権限拡大(1)、選挙権年齢の18歳から16歳への引き下げ、性的指向や健康状態を理由とする差別の全面禁止、公職への男女同数制の導入、自営業者やインフォーマル労働者のための社会保障基金の創設、高等教育の無償化、アフリカ系ベネズエラ人の「認知」といった規定である。

 反発を招いたのは、経済および大統領権限に関わる改正案だった。それは実際の内容によるところも、反対勢力の主張によるところもあった。改正案の主な規定は、中央銀行の独立性の廃止、石油産業の民営化の禁止、農地改革の強化などである。新たな社会権の制定や、労働時間の週44時間から36時間への削減、集団所有の促進なども盛り込まれていた。

 中央政府の権限強化に関しては、大統領の任期を6年から7年へ延長し、2期までという制限を見直すことが提案された。また、必要な署名の数を増やすことで国民発議による国民投票の実施を難しくする規定や、経済特区を創設したり、市町村レベルの選挙区割りを変更したりする権限を大統領に付与する規定が含まれていた。将校に関する大統領の人事権や、国民の情報権を剥奪するような非常事態権限の強化も規定されていた。

 チャベス大統領は、1998年に初めて大統領に選出されて以来、11回の選挙と国民投票で連勝を収めてきた(2)。憲法改正に関する2007年12月2日の国民投票で、1.3%の僅差により予想外の敗北を喫したことは、大統領にとって手痛い挫折となった。

 大統領とその同志は、投票翌日すぐさま敗因の分析にとりかかった。反チャベス派よりもチャベス派の棄権率が高かったとはいえ(3)、2006年にチャベスを支持した有権者が2007年には反対に回ったというわけでないことは明らかだった。だが、「チャベスに賛成、右派に反対」という投票行動をとることが、不要と思われる憲法改正を支持することに直結するわけではない。

 投票結果を説明する理由として挙げられたのは、憲法改正案の起草手順、結成まもないベネズエラ統一社会党(PSUV)などが展開したキャンペーンの不充分さ、そして社会全体のムードだった。改正案は当初、大統領と側近からなる小グループによって構想された。外部から広く意見を募るために、議員主催で公聴会が開かれたのは、議会で審議される段になってからだった。公聴会は2カ月半という短期間に性急に進められ、一部の分野について表面的な議論を行うだけにとどまった。

複雑すぎた憲法改正案
 改憲賛成キャンペーンが公式に開始されたのは、国民投票1カ月前の11月2日のことであり、この段階でも、多岐にわたる複雑な改正案の詳細を広報するには時間が足りなかった。例えば、所有権の形態として、公有(州)、社会的所有(国民)、集団所有(社会集団)、私有(個人)、混合所有(上記4つの混合)の5つが導入されるという。また、政治的な権限が「国民の権限」「市町村の権限」「州の権限」「国の権限」として再配分されるというが、それぞれの権限の範囲が明確とは言いがたい。旧来の地方行政単位は新設のそれに代置されつつも、消滅するわけではない。まったくもって、何がなんだか分からない。
 この間に、反対勢力は激しいキャンペーンを展開し、改正案の諸点を歪曲することも躊躇しなかった。例えば、改正案は私有財産制に見直しをかけるものだと主張し、あらゆるものを国家収用の対象にしかねないと言い立てた。実際には、普通の私有財産は対象には含まれていなかった。改正案が目指していたのは、食糧不足の際に国家が生産農家の土地を収用する権限を強化することと、農地改革の一環として大農場の土地を再配分することだけである。

 改憲反対派のチラシや演説の中には、国家が親から子供を取り上げてしまうとか、社会主義以外の政治的志向は許されなくなるとか、古色蒼然とした脅し文句を振りかざすものもあった。この手法は、恐るべき効果を上げた。

 反対勢力の主張が人々の間に広まり始めると、以前は60%あった賛同率が急落を始めた。これを見たチャベスは、国民投票を大統領への信任投票として位置づけなおすことで、キャンペーンの巻き返しを図った。改正案が詳しい説明には複雑すぎることが明らかとなった情勢下で、チャベスは自身の人気を活用するのが得策だと判断し、「賛成の一票は私への一票だ」というスローガンを打ち出した。

 チャベス大統領は、国民の疑念を思いきり過小評価していたように見える。疑念が強まったことには様々な原因があるが、第一に挙げられるのは、「社会主義」という言葉に対して、元からの同志さえ慎重な姿勢を示したことにある。ラウル・バドゥエル前国防相も、大統領の前妻であるマリサベル・ロドリゲスも、社民政党ポデモスも、憲法改正に反対する立場を明らかにした。

 とりわけ、支持層の一部はチャベスの政府が非効率的だと見て、国民投票を大統領にメッセージを送る好機と捉えたように思われる。人権擁護団体プロベアが発表した報告書で指摘されているように(4)、「ミッション」と呼ばれる政府の社会政策の実施状況は、2006年を通じて非常に悪化した。公衆衛生、識字教育、中等教育、住宅、食糧援助、土地の再分配、雇用、協同組合の設立など、全ての社会政策分野で悪化していた。

 かつて最貧困層は、社会政策予算が過去4年間に激増したことに喝采を送ったが(5)、今日では失望と不満を募らせている。失望の大きな原因は、そうした政策が官僚制のせいで非効率的に運営されていることと、あらゆるレベルの権力集団に汚職が蔓延していることにある。最近の牛乳不足も、反対勢力が企てたのかどうかはともかくとして、政権の追い風になるはずもないものだった。10月と11月のほとんどの間、新鮮な牛乳を見つけることは事実上不可能で、粉ミルクその他の製品を手に入れることも極めて困難だった。

失敗は好機か
 チャベス派の棄権理由を並べ上げるのは、状況が違っていれば、有権者は憲法改正を支持したはずだという考えからだ。だが、果たして憲法改正は必要だったのだろうか。自営業者のための社会保障、労働時間の削減、地区住民協議会の予算増額、政治における男女同数制、高等教育の無償化といった措置は、いずれも通常の立法手段によって実現可能である。実際に憲法改正を必要としたのは、大統領の権限強化、任期制限の廃止、市町村の再編、国民投票の国民発議に関する制約、将校の人事権、非常事態権限に関わる規定だった。
 一見したところ、チャベス派の一部が反対勢力の言い立てた疑念につられてしまったのだと思いたくもなるが、多くの人々は単純に、大統領の見方を共有しなかっただけのことだ。これらの人々の考えによれば、革命プロセスを強化し、社会主義に向けた転換を確かなものとするために、大統領権限を拡大する必要はない。

 ボリーバル革命の指導者チャベスの支持層にとって、憲法改正案の失敗は、「21世紀の社会主義」に向けた転換における停止信号を意味している。これを好機だと考える者もいる。もし改正案が僅差で承認されていたならば、反対勢力が投票結果を受け入れず、新たに暴力的なデモに訴えたり、不正があったと主張したりすることで、政情不安を引き起こしていたのはほぼ確実だ。改憲反対派はただでさえ、実際の票差は公式発表よりもずっと大きいものだったと、なんの証拠もなしに主張している。もし改憲賛成派が小差で勝ち、ただちに本格的な反政府キャンペーンが起きていたならば、チャベス政権にとって、僅差で負けた場合より大きな打撃になっただろうと考えられなくもない。

 憲法改正案の失敗は、1998年以来のボリーバル革命運動の歴史の中で、最も深い自己批判と分析を行う余地を生み出した。それまで長いこと、大統領の耳に批判が届くことはなかった。革命運動とその指導者は不即不離の関係にあったからだ。革命運動はチャベスに依存し、チャベスは革命運動に依存してきた。両者の緊密な関係の下で、大統領が下した決定の見直しは、革命運動の一体性を危うくするとして、ほとんど不可能になっていた。革命運動の一体性は、アメリカから資金援助を受け、政権打倒の企てをやめない反対勢力を封じ込めるためには、絶対に必要なものだった。

 チャベス大統領とその同志は、1998年以来初めて、挫折の根本的な原因を分析する必要に迫られている。憲法改革プロセスが急速かつ広範にすぎたこと、大統領の個性を前面に出しすぎたこと、既存の政策が効率性を欠いていたこと、といった問題が浮上してくるだろう。これらの問題に立ち向かうことこそが、「21世紀の社会主義」に新たな弾みを与えるものとなるはずだ。

(1) 地区住民協議会は、市町村の行政を住民が評価・執行し、予算を統制する場であり、参加型民主主義と国民の権限を具現している。
(2) 1998年12月6日の大統領選挙、制憲議会に関する1999年4月25日の国民投票、1999年7月25日の制憲議会選挙、新憲法に関する1999年12月15日の国民投票、大統領を含む全ての政治代表(地方議員を除く)を選出した2000年7月30日の「メガ選挙」、2000年12月の地方選挙、チャベス大統領の罷免に関する2004年8月15日の国民投票(結果は否決)、2004年10月の地域選挙、2005年8月の地方選挙、2005年12月4日の国会選挙、2006年12月3日の大統領選挙、の11回である。
(3) 反対勢力は2006年に比べて21万2000票を増やし、チャベス大統領は280万票を失った。棄権率は44.1%に達した。
(4) http://www.derechos.org.ve/publicaciones/infanual/2006_07/index.html
(5) 国内総生産に対する社会支出の割合は、1998年の8.2%から2005年には13.2%へと増加した(出典:企画開発省、カラカス)。
2008年01月20日付『北海道新聞』
 リスボン条約の批准へ作業が本格化 欧州連合加盟国
 欧州連合(EU)の加盟各国は今年、新基本条約「リスボン条約」の批准作業を相次ぎ実施する。同条約はEU大統領の新設をうたうなど、EUの政治統合をさらに深化させる内容。発効目標は二○○九年一月で、すでにハンガリーが批准一番乗りを果たした。これと並行し初代大統領を選ぶ動きも水面下で始まっている。

 リスボン条約は、二○○五年にフランスとオランダの国民投票で批准が否決された「欧州憲法」に代わる条約で昨年十二月中旬に署名された。EU大統領のほか、外相格ポストの新設、意思決定の迅速化を進める仕組みなどを盛り込み、加盟国の政策や意思決定をさらに統一させるねらいだ。

 発効には加盟二十七カ国すべての批准が必要。欧州憲法条約の批准が国民投票で否決された経緯から、リスボン条約では、アイルランドを除き、各国が次々と議会採決による批准を選択した。与党が国民投票の実施を公約に掲げるなどしていた英国やオランダ、デンマークも議会批准の方針を決定。投票の是非をなお議論しているポルトガルも、最終的には議会批准を選択する見通しだ。

 加盟国のうち、ハンガリーは昨年末、先頭を切って議会で批准した。今年前半のEU議長国であるスロベニアのヤンシャ首相は「加盟国の良い前例となるよう、一月中の批准を目指す」と強調。フランスやドイツなど五カ国では議会審議が始まっており、スロベニア政府も今月初旬、「六月までに二十カ国が批准を終える」との見通しを明らかにした。

 夏に国民投票を実施するアイルランドでは、国民の賛否が割れている。最新の世論調査では、「賛成」25%、「反対」13%。欧州憲法条約の際の調査で46%に達していた「賛成」は、大きく落ち込んだ。現状では賛否を明らかにしない国民も多いが、一カ国でも批准に失敗すれば条約は発効しないため、アハーン首相の手腕が問われる場面も出てきそうだ。

 一方、EUの顔となる初代大統領は、英のブレア前首相のほか、アハーン首相、スペインのアスナール元首相らを候補とし、水面下で調整が始まっている。

 選出は、加盟国の首脳で構成する欧州理事会が多数決で行う。実施は今年後半になる見込みで、同時期の議長国である仏のサルコジ大統領の意向も大きな影響を及ぼしそうだ。
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  住民投票の制度不備が未だ...
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