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「9条護憲派」一部議員の錯誤と不遜
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   更新:2007/03/01
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「9条護憲派」一部議員の錯誤と不遜
今井 一(本会事務局長)

 憲法改正手続法(国民投票法)の制定をめぐり、この間「9条護憲派」の一部議員や学者、市民が本会の見解、主張とはまったく異なる主張をし続けています。
 これまで、会として彼らの言動を批判するようなことはしてきませんでしたが、そうした姿勢をとり続けることを見直さざるを得ない状況になりつつあります。

 先週発売の『週刊金曜日』(643号)において、社民党の辻元清美議員が、「よりよい国民投票法を作る運動をしている人たちは、安倍総理の野望に手を貸すことになる」と、私たちを中傷しました。(もし、私たちの事を指しているのではないと言うのなら、どなたのことを指して言ったのか明らかにしていただきたい。こうした運動をしているのは、かつての「真っ当な国民投票のルールを作る会」もしくは本会をおいて他にはありません)
 本会や本会メンバーの信用を傷つけるこうした性質(タチ)の悪い誹謗、中傷を看過するわけにはいきません。それは発言が誤っているということのみならず、国会議員がメディアを使って市民グループを中傷したという点でも許し難いものです。
 ということで、この際、辻元氏のみならず、国民投票法をめぐって錯誤に陥り不遜な言動を繰り返している「9条護憲派」の一部議員に対する批判をしておくことにしました。やや長文になりますが、御一読下さい。

 

 まず、最近彼らがどんなことを言っているのか、紹介しましょう。

 07年2月22日、参議院議員会館で催された「改憲手続法はいらない!市民と国会議員の院内集会」において、福島みずほ社民党党首は、「国民投票法案は単なる手続法ではなく、憲法を変えるためのもの」と述べ、「憲法は私たちのものだという観点で、今国会で国民投票法案をぶっ飛ばすために力を合わせていきたい」と発言しました。(『JANJAN』(ひらのゆきこ氏のリポートによる)
 また、同党の辻元清美議員はその集会の翌日(2月23日)に発売された『週刊金曜日』において、「民主党推進派や、よりよい国民投票法を作る運動をしている人たちは安倍総理の野望(※改憲を政治日程にのせること/筆者注)に手を貸すことになる。この期におよんで、まだ、『たんなる手続法だから必要だ』と言いつのるのか。何回も繰り返す。国民投票法を成立させ、憲法審査会が設置されてしまったら、改憲へのレールが敷かれ、国会内の議席配分で加速度をつけてトロッコが走り出す。『最後に国民投票で討ち取ればよい』ではヤバイ」と記しています。
 共産党はどうか。2月19日付『しんぶん赤旗』で、市田忠義憲法改悪反対闘争本部長がこう語っています。
 安倍首相は、「九条改憲をいつでもできるようにするために、そのための手続き法を早く成立させたい・・・自民党や民主党は、手続き法案を『公正・中立なルールづくり』などといってきましたが、安倍首相の登場で単なる手続き法案ではなく、『九条改憲と地続きの悪法』だという本質と狙いが浮き彫りになりました。・・・国民の多数は九条改憲に反対です。国民が望まない九条改憲をいかに通しやすくするか――改憲手続き法案には、そのための不公正・非民主的なしくみがたくさん盛り込まれています。第一は、両案とも、国民投票の最低投票率の定めがなく、少数の国民の賛成でも改憲案が承認されかねないという問題です。
 最近、ポルトガルで人工妊娠中絶をめぐって国民投票があったそうです。そこでは投票者の60%が賛成したものの、投票率が5割を割ったため、投票は成立しませんでした。昨年3月、米空母艦載機受け入れの是非を問う山口・岩国市の住民投票も投票率50%が成立要件でした。
 ところが日本で審議されている改憲手続き法案には最低投票率の規定がありません。そのため、たとえば投票率が4割でも2割でも投票は成立し、その過半数の賛成で承認されることになります。つまり、有権者の1割や2割の賛成で憲法が変えられるというとんでもない事態になりかねません。

 本会メンバーの中には、9条あるいは1条を改正したほうがいいという考えを持つ人もいれば、変えないほうがいいという人もいます。そして、そうした個人の考えを、各人がさまざまな場において自由に主張されています。ただし、会として「9条改憲」あるいは「9条護憲」に賛成するといった主張は一切していません。
 辻元氏の言う「安倍総理の野望に手を貸すことになる」のは、将来自民党が中心となって発議するであろう「9条改正案」に賛成すべしと私たちが会として主張したときであり、市民自治、国民主権を保障すべく「よりよい国民投票法を作る運動をしている」からといって、自分たちの勝手な論理により改憲に手を貸していると批判するのはまったく的外れです。
 憲法96条の規定に則り行なわれる国民が主権(憲法制定権)を行使しての明文改憲であるならば、それが1条であれ9条であれ、辻元議員らの目から見て「誤り」と思える決定・選択であったとしても、国民主権、市民自治が機能したと受け止めるべきです。主権者の従僕であり憲法制定権を持っていない国会議員が、主権者がそうした決定をする権利行使を保障する手続法を制定しないというのは、許されない主権侵害だと考えています。

 「『最後に国民投票で討ち取ればよい』ではヤバイ」と辻元氏は言います。本会が、そんなことを主張したことはないし、そんな浅薄な発想で国民投票での決着を勧めているものでもありません。たとえ辻元氏らにとっては「誤った」選択であっても、憲法制定権を持っている主権者が国民投票で自由意思に基づく決定をする権利を侵してはなりません。
 現にフランスやスイス、アイルランドなどでは、主権者が国民投票において、大統領や議会の多数派の決定と違う選択を行なうことが多々あります。それが国民主権、市民自治というものです。EU憲法条約の批准に国民の多数が反対したことは誤りだったかもしれないといって、今後国民投票を実施しないなんてことはあり得ないのです。誤った選択をするかもしれないからといって主権行使の機会を奪ってはいけません。なぜなら、辻元氏らは私たちの従僕、代理人でしかなく、主権は、辻元氏らと異なる主張をしている人も含めた一人ひとりの国民にあるからです。
 あなた方は市民自治の本質を理解していません。目先の自分たちの運動に有利か不利か、そういう観点でしか市民自治をとらえていない。実に浅い。かつて、あなた方のお仲間は、徳島・吉野川可動堰の住民投票には賛成しておきながら、神戸空港の住民投票実施には反対しましたね。そういった都合のいい市民自治を本会は目指していません。市民自治というものを、もっと深く本質的に保障し、機能させることを私たちは求めています。

 辻元氏ら国会議員が為すべきことは、私たち主権者の憲法制定権の行使を保障する法律の制定を阻むことではなく、これをすばらしい中身のものに仕上げて制定すること。そして、まさに御自身らが籍を置く立法府が行なってきた9条の本旨に抵触するさまざまな立法による解釈改憲の進行を阻み、本旨と実態との乖離を埋める努力に邁進すべきです。
 辻元氏や福島氏が身を置く社民党の前身である社会党が村山(自社さ)政権時代に自衛隊を合憲として解釈改憲を加速化させた歴史的事実、その責任について未だ十分な反省をすることなく、国会議員が主権者(9条改憲を望む国民も含む)の最も重要な主権行使の機会を侵害するなどというのはもってのほか。不遜だと言っておきましょう。

 社民党も共産党も憲法制定の是非を決定する権利を保持しているのは、誰なのかということをあらためて考えていただきたい。自分たちと考えが異なる人、9条改憲を望んでいる人だって主権者であり、政党、議員の立場で、主権者の憲法制定の是非を決定する権利を保障する立法を阻むなどというのは、それを言うだけで不遜、錯誤しています。
 すでに解釈改憲によって、私たちの憲法制定権は侵されているというのに、明文改憲の是非を最終決定する国民投票の実施を保障する手続法の制定さえ阻むというのでは、二重に憲法制定権を侵害することになります。

 市田氏、共産党によると、国民投票法の制定など誰も望んでいないということですが、少なくとも私は望んでいます。私は、憲法及び法律を制定・改廃する発議権を私たち国民が持つべく、96条その他の条項を改正すべきだと考えていますから。
 自衛隊のイラク派遣を止められなかったのも、改正教育基本法を阻めなかったのも、上記のような発議権=国民投票による拒否権が制度として保証されていないから。座り込みや人間の鎖では法的効果がありません。
 共産党や社民党には、そういった事実から国民主権、市民自治をより充実させるために憲法を改正しよう、自分たちがこうした制度の創設を発議しよう、あるいは、1章を廃するよう発議しようといった気がまっくないようですね。かつて天皇制に強く反対していた共産党、「天皇制は民営化すればいい」と言っていた辻元氏が、第1章の「改正」=国民投票での決着を主張されないことに首を傾げています。

 市田氏が最低投票率を設定すべきだという自らの主張を押し出す材料としてポルトガルや岩国市のことを持ち出されているのは情けない限りです。
 岩国では、かつての徳島市同様50%ルールの設定により、両市とも「賛成派」は住民投票を無効にすることを狙ったボイコット運動に終始しました。本来望まれる賛否両派による活発な議論が行なわれず、その点では巻町や刈羽村などとは違って実に貧しい住民投票になってしまいました。
 岩国市長は「千葉県我孫子市の住民投票条例のように、投票率ではなく絶対得票率でのハードル設定にすべきだった」と、この条例制定を提案した自身の不勉強を反省されています。市田氏や共産党はこうした事実を知っていながら、なぜ岩国市を自身の主張の支援材料に持ち出されるのか理解に苦しみます。
 また、ポルトガルで先日実施された「人口妊娠中絶」合法化の是非を問う国民投票は、賛成多数であったにもかかわらず、投票率が50%に達しなかったので無効となりました。 アイルランドにせよ、ポルトガルにせよ、「中絶」問題の国民投票については、カソリック教会が国民(信者)に対して、圧力を込めた強い指示を送り続けています。今回のポルトガルの50%割れ、不成立は、こうした事実によるものであるということをきちんと理解されているのでしょうか。もし理解しているというのであれば、これまたこうした事例を50%ルールを正当化するための材料として持ち出されるのは間違っていると言わざるを得ません。
 市田氏が語っていることで最も理解不能なのは、「・・・国民の多数は9条改憲に反対です」と誇りながら「有権者の1割や2割の賛成で憲法が変えられるというとんでもない事態に」と述べていることです。市田氏の言うとおり(国民の多数が9条改憲に反対している)なら、少なくとも9条については、「有権者の1割や2割の賛成で憲法が変えられる」ことはあり得ません。論理的には9条護憲派の圧勝となるはずです。いったい何を言っているのでしょうか。

 こうした論点について、互いが一方的に非難して終わりとするのではなく、近い将来、公開討論会という形で議論ができればと考えています。私たちは、これを機会に、社民党や共産党そして「9条護憲派」の学者、市民に対して、その呼びかけを行ないたいと考えています。差し出した呼びかけ文とその回答については、次回のホームページ更新時に掲載します。

以上
2007/03/01


 
 
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