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【見解】
与党案の衆議院通過に際し、私たちはこう考えます。
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   更新:2007/04/14
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【見解】与党案の衆議院通過に際し、私たちはこう考えます。


2007年4月12日


◆憲法改正手続法案(国民投票法案)の与党修正案が、本日、衆議院憲法調査特別委員会において、自民、公明両党の賛成多数で可決されました。明日13日の衆院本会議で可決されるのは間違いなく、与党は来週にも参議院審議に入る姿勢を固めています。
 法案の衆議院通過に際し、[国民投票/住民投票]情報室としての見解を示します。

【見解】与党案の衆議院通過に際し、私たちはこう考えます。

 衆議院憲法調査特別委員会(中山太郎委員長)は、この間、与野党対立に囚われたり、「政局」に巻き込まれることを避けながら、海外調査、法案審議を重ねてきました。その成果は大きく、この一年間、委員会に招いた参考人や公述人の意見を尊重しながら、法案のなかの合理性に欠ける項目や文言を削除、是正していく作業を、与野党の法案提出者自身が進めてきました。

 私たちは、合理性に富むルール設定が全会一致によって為されることを期待しましたが、最終局面に入り、選挙や政党間の選挙協力などを意識した政党幹部の言動により、この法案の取り扱いが一気に「政局化」してしまいました。そのことによって、与党単独採決となったことは極めて残念です。

 また、法案の具体的中身については、04年に「真っ当な国民投票のルールを作る会」が作成した「市民案」とほぼ合致するものになっていますが、一点私たちが納得できない条項があります。それは、公務員の政治的行為の制限に関するものです。自民・公明・民主の3党は昨年末の時点で、国民投票運動と憲法に関する一般的な意見表明については、公務員の政治的行為の制限を適用除外とするという「合意」に達していました。にもかかわらず、与党の併合修正案提出において「適用除外」を撤回したことは、真っ当なルール作り、法制化に影を落としました。

 すでに「声明」(3月31日)で示したとおり、本会としては、公務員が主権者として原則自由に国民投票キャンペーンに参加できることを、国民投票法制及び公務員法制の二つのレベルで明確に担保し、保障するために「適用除外」の文言を改正手続法の中に盛り込むべきだと考えています。
 この条項は、来週以降、法案審議を重ねる参議院において修正され、その後衆議院に差し戻されて再可決されることを、立法府に強く求めます。

[国民投票/住民投票]情報室
(代表 村西俊雄)
〒540-0004
大阪市中央区玉造1-14-14-3F
TEL/FAX 06-6751-7345
E-mail:ref@clock.ocn.ne.jp
URL:http://ref-info.net/


【参考】憲法改正手続法(国民投票法)の制定についての私たちの考え方

 わが国においては、法律と違って憲法改正(憲法の制定・改廃)の決定権は主権者・国民が有しています。改正の是非を決する国民投票は、国民の最も重要な主権行使の機会となるもので、この機会を具現化する憲法改正手続法の制定を、立法府・国会議員が「改憲に直結するから」とか「改憲の一里塚になるから」といった理由で行なわないことは、決して許されません。

 なぜなら、憲法96条の規定により、それが第1条であれ第9条であれ国会において憲法改正が発議された後、改憲の是非を問う国民投票において改正賛成が多数となった場合は、必ず憲法改正がなされなければならず、そういった意味では憲法改正手続法の制定が「改憲の一里塚」になるのは当然のことであるからです。また、改憲を是とするか非とするかは国民が決することであり、改憲を志向することは誤りであると主張するに留まらず、改憲をさせないために手続法の制定を阻むという行為は、国民が憲法を制定したり改廃したりする権利そのものを否定することになるからです。

 立法府・国会議員が為すべきことは、公平で合理性に富んだルール作り(=立法)のために、邪心なく幅広い合意形成に尽くすことであり、個人あるいは党としての改憲・護憲の姿勢や目先の選挙戦略等に囚われる行為に終始してはならないと考えます。

 憲法96条の規定に則り行なわれる、国民が憲法制定権を行使しての明文改憲であるならば、それが第1条であれ第9条であれ、一部の議員の眼から見て「誤り」と思える国民の決定・選択であったとしても、国民主権、市民自治が機能した結果と受け止めるべきです。

 例えば、スイスやフランス、アイルランドなどでは、主権者が国民投票において、大統領や議会の多数派の決定と違う選択を行なうことが多々あります。それが国民主権、市民自治というものです。EU憲法条約の批准に国民の多数が反対したことは誤りだったかもしれないといって、その結果が反故にされることはないし、今後国民投票を実施しないということにもならないのです。

 例えば、憲法9条を例にとり考えてみましょう。もし将来「自衛隊を自衛軍にする」「専守防衛に限り交戦権を認める」「集団的自衛権の行使を認める」といった9条改正案が発議され、国民にその是非を問うことになるとして、9条護憲派の議員は「国民が誤った選択をするかもしれないから」といって、国民の主権行使の機会(つまり国民投票での決着)を奪うことはできないし、避けることもできません。

 ただし、彼らが「改正の国会発議を阻止するために、今度の参院選挙では私たちに一票を」と国民に訴えるのは自由だし、将来、上記のような国会発議がなされた場合、国民に対して「反対票」を投ずることを呼びかけるのは当然の活動です。しかしながら、第9条であれ何条であれ、当面、自分たちが改正の発議を仕掛ける意思がない、あるいは3分の2の賛成者を獲得する可能性が低いからといって、手続法の制定を阻止するということは断じて許されません。

 国会や内閣は、憲法改正権を有している国民が国民投票によって自由意思に基づく決定を行なう権利を侵してはなりません。また、国民のそうした権利行使を具現化する手続法を制定しないというのは、許されない主権侵害だと考えます。なぜなら、国会議員は私たちの代理人でしかなく、憲法改正案の発議権限は有していても、最終的には国民投票の結果に拘束されるからです。

 国会議員が為すべきことは、私たち主権者の憲法制定権の行使を具現化する法律の制定を阻むことではなく、憲法に対する多様な意見が存在することを認めつつ、中立的に、広範なコンセンサスが得られる内容に仕上げ、可及的速やかにこれを制定すること。そして、まさに御自身らが籍を置く立法府が、議院内閣制の下で積み重ねてきた憲法9条の本旨に抵触するさまざまな立法による解釈改憲の進行を阻み、本旨と実態との乖離を埋める努力に邁進すべきです。こうした解釈改憲を推し進め、同時にこれを放置してきたことについて反省をすることなく、国会議員が国民(9条の明文改憲を望む国民も含む)の最も重要な主権行使の機会を侵害するなどというのはもってのほか。不遜であるばかりか、甚だしい権限の濫用・逸脱です。

 すでに度を越した解釈改憲によって、私たち国民の憲法改正権は侵されているというのに、明文改憲の是非を最終決定する国民投票の実施を定める手続法の制定さえ阻むというのでは、国民の制憲権を二重に侵害することになります。

 国会議員には、憲法改正の是非を決定する権利を保持しているのは誰なのかということをあらためて考えていただきたい。自分たちと主義主張が異なる人、例えば9条改憲を望んでいようが護憲を望んでいようが、国民はみな主権者であり、政党、議員の立場で、主権者の憲法改正の是非を決定する権利を具現化する立法を阻むなどというのは間違っています。また「60 年間手続法がなくても誰も困らなかった」などと主張し、こうした立法を怠ることも許されません。

 第9条であれ何条であれ、改憲を阻みたいのであれば、国民投票で改正反対の票を多数獲得することによってそれを達成すべきであり、国民投票法の制定を阻止するという道筋でそれを為そうというのは、市民自治、国民主権を侵す行いであるということを認識していただきたい。



 
 
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