トピックス
姫野雅義さん追悼
>>ホームへ
   更新:2010/10/26
 姫野雅義さん追悼
 2000年1月23日、徳島市において「吉野川」可動堰建設」の是非を問う住民投票が実施されました。市民の知恵と勇気、粘り強い活動で何とか実施に漕ぎ付けましたが、この住民投票をリードしたのが姫野雅義さんでした。
その姫野さんが今月はじめ、徳島県海陽町の清流で亡くなりました。

第十堰新活動の矢先 保全運動の姫野さん死亡に仲間絶句(2010年10月8日朝日新聞)

 11月3日には地元徳島で午後2時より「お別れの会」が催され、本会からも武田真一郎(代表)、今井一(事務局長)ら数人が参加します。
 「吉野川」可動堰建設」の是非を問う住民投票条例・市民案の作成者でもある武田真一郎の追悼文を掲載します。

山と川から姫野さんを悼む
武田真一郎


 徳島の住民投票から10年が過ぎて姫野さんが釣三昧の生活に戻ったように、私は長らく遠ざかっていた山歩きを再開した。北アルプスの稜線から夕陽を見ていると、吉野川の夕暮れを思い出すことがある。雄大な風景が刻一刻と繊細に変化していく自然の営みは、高山でも大河でも同じだからであろうか。

 姫野さんを追想していて、住民投票を成功に導いた姫野さんの原動力は自然への畏敬だったのではないかということに気が付いた。徳島の住民投票を契機として大型公共事業が見直される時代が到来したことは明らかである。住民投票の日に途切れることなく投票所を訪れる市民を見ていると、日本の市民社会が新しい段階を迎えたことが実感できて感動的だった。姫野さんのリーダーシップはおそらく日本の民主主義を20年くらい前進させる成果を生んだのではないだろうか。いつも全体を見通し、決して人の悪口など言わず、坦々と的確な提案だけを打ち出すリーダーとしての資質も忘れることはできない。しかし、それは取って付けた論評であって、姫野さん自身にとっては今も第十堰の流れが絶えることなく続き、多くの生き物が暮らしていることが何よりも大切なのだろう。

 先日、住民投票の会の仲間とともに姫野さんが逝った海部川の現場を訪ねると、そこにはあまりにも穏やかな風景があった。空は青く、山の緑は色濃く、そして水は上高地の梓川の清流を思わせるほど清らかだった。これから先も豊かな自然に出会うと、そこに姫野さんの面影が重なることだろう。その度に姫野さんの類い稀なリーダーシップを思い出し、自然や社会を考えるよすがとしたい。

(2010/10/26)


 
 
©2006- Direct Democracy Information Center All Rights Reserved.
Powered by 文系企画